小泉首相率いる新・自民党の圧勝劇を受けて、「まるで大政翼賛会だ」と指摘
する声も出る中、戦時下の挙国一致体勢と比較するのは馬鹿馬鹿しい限りであ
ると言っておきたい。類似点があるとすれば、翼賛選挙で公認が得られない無
所属の候補が、今回の郵政民営化反対派に符合する程度のものであろう。第一
大政翼賛会は各党が自主的に解党し結成されたものであり、選挙で圧勝したこ
とで出来たものではない。

 

むろんあまりの圧勝劇に独断専行的な動きを警戒するのも無理はないが、勝た
せ過ぎたことを悔いるよりも、あくまで権力に溺れることも無くきちんとした
政治運営を期待するのが有権者としての本音であろう。大敗を喫した民主党
確実に二大政党化路線を歩んできた中で、再建に時間はかかろうともやりとげ
ねば、寄り合い所帯との批判を乗り切ることは一生不可能である。19日の代
表選がその試金石となるはずだ。今まで通り党内の権力争いに終始するようで
あれば、民主党の明日は無い。

 

絶頂の極みにある小泉首相に以下の言葉を贈りたい。
「存在価値の薄れた権力は、いつの日か、必ず野垂れ死ぬ。その過去の栄光が
大きければ大きいほど、野垂れ死には惨状を呈する。野垂れ死ぬ直前、権力者
は妖怪になる。体中の毒を吐き出しながら、七転八倒。この世のあらゆるもの
を呪いにかけようと叫喚する。」
こうなっては欲しくないものの、圧倒的な権力者の末期は常に見苦しいものだ。